走馬灯に染まるとき
きっと
僕が書く文章なんざ
機械でも書けるようになる
無駄に理論的で
からっぽ で
自分が ないよね
でもなんで
ものを書けるの?
って聞かれた
確かに そう
音楽に重ねて 自分を
吐き出してるから?
多分ね そう
そんな感情プログラムが
作られたら ね
歯車 は戻らない ね
確かにいい表現
僕は歯車 即ち機械の部品
あなたは幸せ者ね 子供っぽくて
羨ましいよ、平和にいて下さい
そう言えば昔から
絵は写実しか描けなくて
自由研究も参考にすぎなかった
ゼロから何かを生み出したことなんか
なかったんじゃないかな
僕のやってきたことは
所詮 模倣にすぎず
創造は 気取っていただけ
そんなこと本当はできないんだろう
作ったつもり
真似です、真似
表現者にはなれない気がしてきた
けど、続けてみる 愚か?
うん、判ってるよ
だから頭痛いなぁ
休ませた方が良いんだろうけど
無理 だ よ
心理学専攻の人の意見によると
幼少時の人格形成に
問題があったみたい
心当たりがありすぎてずっきゅん
ただこれは心理学的な見方に過ぎないから
実際はもっと他の事象が入り交じってるのかもしれない
とのことです
性格か病気かしれないけど
病んでるのは確かだとの話です