re birth

無い人が多すぎて
無駄に強くなった

傷ついて笑うのは金輪際もうやめだ

僕のために僕を殺そうとする
そんな
一歩違えると終了の試験をする程に
僕はもう無茶をする必要はなく

自身をちゃんと生かせるように
足を重くするだけの感傷は捨てた

水面で口をあけて餌を待つ魚には
釣り針が突き刺さってしまうから

はねあがるのだ
己の足で
水を掻いて、切り裂くのだ

望んだように生きられないなら
死んでるのと同じだ

金木犀に殺されそう

何処に行っても
言葉をまともに扱えない猿はいるもので

構って欲しかったら
正直に云えばいいのに
言葉とも言えない低俗な単語の羅列で
自分の頭を悪く見せるのは何故?

ちゃんと日本語が通じるのならね
幾らでも
それこそ、厭と言うほど刺し貫いて差し上げるのに

一方通行故の虚勢は去勢しようか

爪弾くギターの

古ぼけたノイズが
唯一の確かなもの

随分に酷い夢を見る
悪夢というわけではなく
狂気的な自分に関する客観視の夢

家に帰ると
鬱陶しい人が居て

罵ればそれだけ
言葉が突き刺さって血を流すように
赦しを幾ら乞われようと
嘲いながら息絶えるまで刺し続けた

それは
僕の最初の頃の
行き場のない怒りの表れに似ていて
少しぞっとしたのと同時に
酷く懐かしいと感じた

暴れ足りないのは解っている
それは多分
あの頃より色々と巧くやる方法を知ってしまったから

なんだか
ほんの少し、名残惜しい気持ちも

今年の冬は
自然と何も怖くないんだ

スコットランド

少しくらい軽い方が
煩わしさに相手を苛立たせると知っている
だからそうする

圧倒的な高圧感よりも
下手に出た方が何かと反論を受けにくい

攻め口がなくなるのだろう

一番卑屈な方法だろうけど
一番効率的な方法でもある

感情の侭には流されない
頼るのは感覚と、其れに伴う感性

告白

たいしたことではありませんが。
どうやら、「平山病」と診断されました。

とりあえず詳しくはこちらを
https//www.tokumaru-iin.com/hirayama.html

実際症状は3~4年程前から始まっていて
右手の震えが酷かったので、せめて原因だけでもと思い
3ヶ月ほど病院巡りをしていました。

幸いなことに、軽度なのが何よりで
握力が左手35kgに対し、右手20kgという
まぁ日常生活には差し支えのないレベルなのが何よりの救いです。

ただ、右手の神経の数が左手に比べて
半分から3分の1と聞いたときは
流石に驚きましたが。

問題があるなら
「末端冷え性なので真冬になると箸が使えない、文字が書けない」
「無理な力を入れると直ぐに右手が攣るので、派手なアクションゲームが長時間できない」
「右手が不規則に震えるのでネット中マウスが変なところに飛ぶ、鬱陶しい」
くらいですかね。

此処からこれ以上酷くなることがもしあるならば
障害者申請も視野に入れようとは思ってるのですが
今では症状の進行は止まっており、今後も大丈夫だろうとのこと。

ちなみに10万人に1人の発症率らしいです、選ばれし者になれた気分です。

ただ、確立した治療法や特効薬などがないので、難病扱いなのが厄介なところですね。

ずっと違和感を抱えていたのだけど
敢えて今まで診てもらわなかったのは

多分、自分の身体が不完全だとわかったら
死にたくなるってわかってたから。

そのつもりがなくなった今だからこそ、診てもらったのだけれど

実際、難病という前提がかなり大きくのしかかっているのは事実
それでも、死ななくてよかった、と、今は言える。

明日より、また新しくはじまります。
いろいろな記憶を少しずつ呼び起こしながら
今日は、おやすみなさい。

赤いタンバリン

欠落した俺の感性に響くぜ

止め処ない破滅的思考が
現実をぶっ壊そうと襲い掛かってくる

五月蠅いなぁ
知ってるよ、運が悪いって

それでも
生きたいんだからさ

でも
誰かの為に踊るなんて
掌の上にはもういたくない

何度檻を壊しただろうか けど
縛る、閉じ込めるようなものは
もういらない

目を醒ませ?
僕は正気だよ。

hasty cloudy

そっと降り積もる雪のように
それでいて
突然に降りかかる雹のように

唐突に静かにやってきた

見えなくなった水槽の奥から
再び声が届けられた

ポンプで水を送るように

幾分かの気紛れさが
消えかかっていて
静かに其処に根を張るような感覚が
伝わってきた

仄かに残念な気持ちも
あるにはあるけれど

言葉を失っていなかった
それだけで。

辿るなぞる

きをくへの狂った執着の根本を見る

抜け落ちたのは生まれたときから
4年間のあの家でのこと

家の間取りだけが鮮明で
父親の顔も、当時の保育園のことも
全てが消滅している

母親が言っていたのは
与えられたものを必死に復唱している姿

潜在的な忘却への恐怖

思えば
この場所で随分長く自我を追求していることは
忘却ということに対しての
おぞましいまでの忌避なのかもしれない

身を滅ぼす程の
想起に幾度と無く曝されようと

忘れたくない
忘れたくない
どんな些細なことも

憶えて いる よ

優しくなりたい

冷たい人でもいいから

まだまだ甘い
経験が行動に生かされない人は
本当に見ていて苛立たしい

我が身に叩きつけないと何も判らない程
僕はぬるま湯が好きだって知った時から
自分を全力で追い詰めた

経験を積み上げる為
愉しさを見出して
ゲームのように全てを感じ取る

好きでやっていることに
凄いね なんて賛辞は不要で

どこまで自分が強くなれるのか
ひたすらに試したいから

だから
相応の苦労を知らずに
或いは
知って尚も繰り返す人に
渡すものなど何もない

あー
まだまだ足りないんだ
追い詰められて、それでも不敵に笑える
そんな状態が欲しいから

繰り返しを忌むこの姿勢は
本当に好い武器だと思える

僕らの方がもっと巧く扱えるんだ
ぜったいに あげないよ

白日を食べておきたい

久し振りにベランダに出て煙草を吸う

自決の類を全て終えたばかりの
あの頃の終末感に等しい脱力感や
虚無感に覆われた頃が酷く懐かしくて

軽く肌寒さを覚える程の季節になったと
強く強く感じる

もう直ぐ冬
でもその前に全てを片付ける
だから
今年こそは きっと