それしかもう言われなくなった
転職前に、自分が抱えていた漠然的な劣等感の根底にあるものと、それを解消する方法について考えた。
いつも通り、あれこれ言い訳して理由付けをしていくのだけど、それらは所謂屁理屈でしかないので、根本からの解決ではないため、逃れられるはずもなく。
結局、辿り着く結論は非情で残酷なものになる。
至極簡単で、「金があれば解消する」
正しくは、「この劣等感を覆す可能性になり得るのが、金以外にない」ということ。
原因はやっぱり育ちの悪さに尽きて、
私は片親+貧乏育ちで、妻は私以上の劣悪な環境で育っている。
親は無理をして色々旅行に連れて行ったりしていたが、私からすれば、そんなことよりも、今この瞬間に金に余裕があるのかないのかを知りたかった。
金が無いときに親の機嫌が悪くなるのが本当に嫌だった。
片親環境では、長男/長女がその苛立ちを全て一人で受けがちで、私もその例に漏れなかった。
常に「金がないのではないかという恐怖」に支配されていた。
高校・大学も奨学金とバイトで補填した。リーマンと重なって就職留年した学費も当然自己負担だ。
所謂苦学生の側ではあるだろう。今年ようやく全てを返し終わった。
金が持ってくるのは安寧や名声ではなく、それらに触れられるかもしれないという選択肢だ。
逆に、「金が無い」という事実だけで、その選択肢は限られていき、最悪の場合は努力をする気力すら奪われる。
そこには「どうせ報われない」という諦観が付きまとうからだ。
とはいえ、逆に金だけあっても問題は解決するわけではない。金は便利なツールではあるが、どこまで行ってもツールの域を出ないのだ。
それでも、金欠というのは人生カードゲームにおける禁止級の手札破壊カードだろう。
私から見れば、「人格形成期に金に困った経験がない」という事実だけで相当人生が有利だったのではないかと思う。
言ってしまうならば、贅沢な苦悩だなとまで思う。
でも別に生まれの差を恨むとかはない、強いていうなら生まれたこと自体を恨むくらいか。
生まれた以上はどれだけ苦しくても生きるしかない。
そして、配られたカードで勝負するしかないのは知っている。
でも、捨て札を使ってはいけないというルールもない。
強いと思ったコンボは再利用できるのなら、するに越したことはない。
そうやってなんとか生き延びた今、漸く反撃のタイミングが来たらしい。幸運にも金以外の欲しいものは既に揃っていた。
だから、残った過去のトラウマを消すためにお金を集めるのだ。
俗っぽいって嗤う?効率厨は得てして世俗の塊なんだよ。