そして思索は広がって

昨日「機械みたいに」ってのから少し発展させてみる

高校時代ってのは、青春とか言うけど、所詮機械じゃないのか

いや、少なくとも大学受験目指してる人にとっては、間違いなく機械だ

毎日毎日、学校行って、勉強して、ウチに帰って、それの繰り返し

ちょうど自分という機械をただひたすら優秀なものに仕上げるだけの単純作業の連続

もちろん文化祭、体育祭などのイベントがあろうが

それらは全てあらかじめ予測された出来事の1つであろう

知らないことは起こらない、全部当たり前の、脳というプログラムにインプットされたこと

そして最終的に、大学受験という名の、「機械の選考会」を受ける

受からなかったら、そこでまた1年機械のまま

受かれば晴れて「人間」つまり自由を持った大学生になれる

そして、そこから先は・・・人それぞれかな

自分の好きな仕事に就ければ、「人間」のままでいられるし

適当な仕事に就けば、また「機械」に逆戻り

そんなものか・・・人間の一生ってのは

俺は人間のまま死ねるのかな、それとも機械のまま、壊れちまうのかな

いずれにせよ、僕は未完の機械で、人間になるために、毎日自分を作り上げてる

本当は無駄なのかもしれないのにね、可笑しいわ、全く

「そして思索は広がって」への5件のフィードバック

  1. 「機械」という例えには同意です。

    私は学校にいる間は、自分を身体は動くけど精神が死んでるロボットのように感じます。

    最近「喜」「楽」の感情の割合の低下が著しいです。
    わくわくとか楽しみとかいう心もなくなってきました。

  2. 逆に言えば、高校なんてのは、人間になるための単なる過程なのだから、将来邪魔になるであろう感情的経験を全く植えつけないためにも、機械になるべきだという考えもあります

    だから大学で自分を取り戻せるor作りかえれるのなら、今は自分の感情を失ってもさほど落ち込む必要はないかもしれません

    それこそ、「笑う」という行為自体を無機的なものとして自分のプログラムにインプットして、表面的な笑顔だけ見せてれば周りの皆はそれで安心するでしょうから

  3. 機械だらけですね。「社会人」というロボットは多い。というより「人」で「素」で生きている奴は少数だと思う。「素」だと現実に潰されるからね。俺がいう「社会人」というのはいわゆる社会の基準に染まった人で、善悪、正否の基準を社会の基準、システムと合わせて生きている人で、まぁ企業や今の政府にとって都合の良い人のことですね。結局本質は全体主義、封建主義であったころとそんなに変わっていない。
    戦時中は戦争に反対すれば非国民とされ、人に非ず。現在は資本主義に適していなければ…ニート、乞食は人に非ず。と大多数の「社会人ロボット」は判断するわけです。

    俺からすれば、洗脳に近い。宗教とさほど変わらないと思っている。確かに現実は現実だが。

    北原白秋の童謡の歌詞は面白い。

    赤い鳥、小鳥、なぜなぜ赤い。赤い実をたべた。

    白い鳥、小鳥、なぜなぜ白い。白い実をたべた。

    青い鳥、小鳥、なぜなぜ青い。青い実をたべた。

    俺はこの詞の意味を思想や価値観に染まる人間のことを例えているのだと解釈しています。あなたはどう解釈する?

    福本伸行の「銀と金」「カイジ」「アカギ」「涯」なんか面白いですよ。まぁ漫画なので商品ですから金は取られるわけですが。

  4. 人間ほど周りに振り回される生物はいませんよ
    人に振り回され、それがまた人を振り回し・・・それがまた・・・
    と、こんな悪循環が無限に連鎖されてきたことでしょうね
    過去から、そしてこれからも

    多分抗っていても、これには逆らえないんだろうなぁと思います
    何故なら、人間だから
    人間であること自体、この無限の連鎖の鎖の1つとして機能せざるを得ないんだろうと
    何をするにも何かに影響される
    何かを思いついた、でもその元は? 必ずある

    その童謡の例えを借りると
    「白い鳥、小鳥、なぜなぜ白い。白い実をたべた。」
    「何もない」状態を表す色が一般的に白とされているのに、それさえも何かに染められた価値観なのだなぁと思うと
    何もない状態を表す色はいったい何なのだろう・・・と思います(苦笑)
    色のない色・・・それはもはや色じゃないんでしょうねw
    色がない・・・つまり存在していない、そう考えるのが適切ではないでしょうか?

  5. 白はれっきとした色ですからね。

    科学では色は物体には無く、光に色がある。人間の脳が色を認知する。とされている。当たり前ですが、ヒト以外の生物(例えば蝶々)にはヒトとは違う色が見えているらしい。

    黒がいわゆる光の無い状態です。まぁ人間にとって黒色でも、人間に見える範囲(可視光)以外の光(赤外線や紫外線)は常に人の周りにありますが。

    だから例えば、真剣な話、「林檎って何色?」という問いには色は無い、もしくは人間にはわからない、というのが一番いい答えだと思っています。
    もし人間が見た場合でも、林檎は完全な絵の具のような「赤」では無いでしょう。木だって茶色と緑では無い。様々な色で構成されているといえる。

    多色であり無色なんですね多分。わかんないけど。

    https//www.studiohow.co.jp/aft/lesson.html
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