ご飯粒は残さず食べなさい
食べた食器は水につけなさい
とりわけ食事に関するマナーを、僕は小さい頃から叩き込まれた。
さすがに僕もその頃は馬鹿正直だったので
素直に受け入れてきた。
そのうち、料理を作ることに興味を持った。
深夜に米を研いでいると、ただ悲しい気持ちがあふれ、涙が止まらなくなった。
嗚咽を垂れ流しながら米を研いでいたのをよく覚えている。
今思えば、きっかけはこの出来事だったのだろう
今僕は、ひとり暮らしをしている
ひとりでご飯を作って
ひとりで食べて
ひとりで後片付けをしている。
別に違和感はない。
今だから思うのだが
食事は別に、食物を食べることだけを指すのではない
人の考えを食べることも食事とするならば
親が僕に教えてくれたマナーは
とても重要なものかもしれない。
与えられたものを残さず食べることは勿論大切だし。
食器はすぐ水につけて、汚れが落ちるようにしないと
こびりついて、それが離れなくなる
ひとつの考えに固執してしまう。
ただしこれらは、誰かの料理を食べるなら の話
さて、今僕はひとり暮らしをしている
ひとりでご飯を作って
ひとりで食べて
ひとりで後片付けをしている。
違和感はない
ひとりで考えをつくって
ひとりで考えを受け入れて
ひとりで考えを洗い流している
違和感はない
本当か?
考えを食べ続けた結果がここにあるから
作ったものが次の日の原動力になっているから
少なくともテーブルマナーは守っていくつもりだ
おいしいものじゃなくてもいい
たまにはまずいものもたべよう
いずれにしろ、中に入れればいいのだから