自業自得が生んだ絶望を食い物にして、私は生きている。
選べる立場に生まれ落ちながら、何も知らずに選択を誤り、「私は悪くない」と叫び散らす行き場のない憎悪の顔。
環境のせいにし、他人のせいにし、必死に自己を肯定しようと焦る滑稽な顔。
最後にすべてを悟り、泣きながら命乞いをする瞬間の顔。
どれも極上のご馳走だ。
その絶望の引き金を引いた一端が自分にあるのなら、なおのこと美味い。
自己研鑽を惜しまなくなった理由は単純だ。
相手がこちらを見上げた時、その落差が大きいほど絶望の深度は増し、美味しさが青天井で跳ね上がるからに他ならない。
絶望は更生の契機であり、そこには最早、純粋な親切心すら存在する。
底を打った人間が、泥水を啜って這い上がってくる姿もまた、息を呑むほどに美しいからだ。
お腹すいたなぁ。
ねぇ、もし良ければ。
君の絶望を聴かせてくれないか。