誰かを憎む理由をこの身体に誇示して

全てを切り裂く免罪符となれ

いつか子供かいないことを寂しさを覚えて哀しむことがあるのかと考えることがある。
現時点ではそんなイメージは微塵もないのだが。
子孫を自己都合で造って、産んで、それに自分の世話を全部任せるほど私は冷たかったり無責任でありたくはない。

自分の面倒は死ぬまで自分自身で看たい。
子供が必ず自分の面倒を見てくれるという前提が愚かな発想か。
自分にそのつもりがないから。

願わくば、世の中の技術がこのまま発展して、
万が一寂しさを感じても仮想現実でそれを解消できるようになるのを期待している。
きっとそれが実現できるくらいの時代には、それで誤魔化されるほどに老いているだろう。


両親の知能から考えても、遺伝的には私は突然変異の類で。
でも突然変異でこの程度の知能だから底が知れている。
変異種が環境適応できずに淘汰されていくように、おそらく適応して生き残れないと思う。私はその辺りは運良くしぶとかったから生きているだけ。


自分より愚かな自分は要らない。
私にとっての子供とは、結局益のない賭けでしかないのだと思う。

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