その腕の中なら死ねる
「お前、いつも笑ってるよな」
出し抜けにそんなことを言われた。
「え、そうか?」
いつもどおりに返す。
「あぁ、怒ってるところとか見たこと無い。」
「あー、まぁ確かにそうだな。笑顔が地だから」
嘘だ
笑顔が地な訳が無い。
これは仮面だ。
世の中をすりぬけて生きるために欠かせない
自分の素顔を永遠に隠し続ける仮面だ。
仮面が笑顔に見えている。
それは素顔を見せずに生きていくという理念に基づいて考えると
とても理想的なことであろう。
しかし
自らは仮面の中の素顔を知っているのか?
それは仮面と同様笑っているのかもしれないし
とても醜い憎悪や憤怒であふれているのかもしれない
でも、もしかしたらそれらの顔を見ることは
その顔の持ち主である自分自身でも叶わないことなのかもしれない。
確かに、人間は鏡を使わない限り、自分の顔を見ることができない。
つまり、鏡の存在を知らなければ、自分の顔を知らずに死んでいくのだ。
仮面をしている顔を鏡に映したところで
そこに映るのは所詮仮面の上の偽りの顔
仮面の奥の顔は見れない
自分を知れない
自分がわからない
仮面のない人間ならともかく
自分を知っている人間のほうが、マイノリティなのが現実なのではないか。
冒頭についた嘘
何故そんな嘘をついたのかすらわからない
自分の顔が見れないと、この程度だ。
そもそも、笑っている というのが明確に証明できない。
自分では精一杯の笑顔でも
相手にはそれは何の印象も与えない
そんなことも珍しくない。
「なぁ」
「ん?」
「笑うってさ、どういう状態のこと?」
「そりゃ、今のお前のことじゃないか」
「それは具体例の1つにすぎないでしょ、一言で言ってみろよ」
「・・・」
「なぁ」
「・・・」
「笑顔って、何?」
「となると、言えないだろうな、やっぱり」
こういうものは、「互いの意見の一致」
そういった暗黙の了解を突破しないと成り立たないもの
そんな気がする。
「普遍的な笑顔なんか、存在しないよ。」
そう言って彼は諦めを込めた愛想笑いを浮かべた。
あー勢いで短編書いてみました
といっても。半分以上自己論理の展開ですが
ちなみにフィクションです、こんな会話する相手が欲しいです。
おやすみなさい。