悲観楽観交互に積木崩し

別に被害者ぶりたいわけではない
あったことをそのまま言っているだけで、周りはこれを可哀想と思うのが多数派らしい、周りの価値観なんぞ知らん

少なくとも、今になれば
此処まで比較的不幸に苛まれ続けたことは
ある種のストレステストのようなものだったのだろう

これらを乗り越えてきた事を
もっと振り回して
無知蒙昧な人間を轢殺していくくらいの気概で良いのだろう

このストレステストで造られた反骨精神と、壊れた倫理観が
何かを為すのに丁度良い

この国は資本主義だぜ
知らないことは罪でしかないし、搾取される側でしかない

半死半生の時間文無し

貧乏に生まれる といふのは
罪というか
もはや業と
言えるのではないかと
考えて笑った。

永劫に付き纏い続けるのは
金に困った経験とその記憶
そして、それらに対して無力だった記憶

金があればこの幻覚を寛解できると
ずっと信じていたが
増え続けるのは安心ではなく
金の喪失に対する恐怖と不安

今になっても代償が重すぎるし
多分死ぬまでなくならないものだという
ぼんやりした諦めがそこに見えている

勿論、金を抱えて死なないために
相応に対策はしていくつもりだけど
金を使って怒られる昔から、金を使わないと怒られる今 になる
意味がわからない、都合のいい話だ

最初から最期まで、人より苦労が倍々ゲーム
随分罪深いが、前世で何をしたのだろうか

蝙蝠橋を夜のパトロール

少しオブラートにした記事を投稿する場所としてnoteを使っていたが、
調べたところシャドウバンされていることがわかった。

どうもまだ尖っているらしい、お呼びでないらしいので、noteでの投稿はやめにすることにする。


僕が助けたい人は勝手に離れていく
僕を助けてくれた人に恩返しはしたいが、その前に離れていく
どうすればいいとずっと悩んでいたが
他人を助けるのに見返りを求める時点で本気ではないのならば
私もそれにあやかって、好きにすれば良いと最近気づいた


無事オンラインゲームのコミュニティから離脱はできた。
今後どうするのかと聞かれたが、先の事はわからないし、
たかがゲームに「引退」なんて言葉を使うのは可笑しいと思っているので
ぼかしておいた。下手に騒がせないところが私なりの優しさである。
ただアンインストールして2度と起動しなくなるだけ。

人間関係で救われた試しが少ないのと、これから新しく深いコミュニティを増やす必要性を感じない。
僕が求めるものを返してくれない相手に心血を注ぐ必要はない。
縁が切れたことを後悔するくらいに大きくなる必要がある。
邪魔をしないで欲しい。

自由解放運動

倫理観が効率化の邪魔をする。

・(酷暑時にクーラーを付けない等)自己責任を徹底し、非合理な行動を取る高齢層は見捨てる
・資産のない層への公的扶助を全カットし、完全な生存競争に晒す
どちらも社会保険料の削減になる。
社会発展に不要なものは少ない方がいい。
自己防衛に金を用意できないなら自業自得になる。
そんなに親が大事なら子が金を積めばいい。

こんなルールを設ければ良いんじゃないかとAIに聞いてみたけど、
・生き残るために金を貯めるようになって消費行動をしなくなって経済が停滞する
・そもそも熱中症は即死しないから、ICUがパンクして逆に医療費が嵩む
ということになり望んだ効果は見込めないらしい 納得。

社会の存続に必要なのは、粛清のための銃や毒ではなく
ゆっくりと死んでいくのを気づかせないための麻酔という話。

I STILL KNOW

​誰しも自分の理解から外れたり、予測を超えた瞬間に、掌を返して異常者扱いをする。
人は自分が理解できないものに対して恐怖を覚えるように作られている。怖いから近づきたくないのだろう。
人に支配されたくないだけであれば、その人の予想を超える動きをするのが一番手っ取り早い。

​今になって思えば、私も元を辿ると、椎名林檎に心酔していた、程度の低いメンヘラと付き合ったのがきっかけだろう。
当時中学生だった私は、自分で言うのもなんだが、それはそれは純粋な少年でした。

​それが今ではどうだ。
ただのきっかけに過ぎなかった色恋沙汰の1つに、
幼少期の経験や環境が化学反応を起こした結果、
揺らがない思想の1つになって、
かつて好いた全てを壊そうとする。

(ちなみに彼女の現況は把握済で、シングルマザーになって貧困に苦しんでいるのを知っている。)

​相手からすると、私が狂人みたいに見えて仕方ないと思う
みんな「そんなつもりじゃなかった」って云う
でも私も「こんなつもりじゃなかった」と謂う
何度も言っているが私は平和に暮らしたいだけ。

結果、双方折れないから自己責任で殺し合いをしましょう
強いほうが勝つよ。なんて言って戦争開始。

​遊泳可能区域のような
子供用プールのような
浅い理解と思考で私を計ろうとした結果
遠心力が強すぎて自分がふっ飛ばされそうでーす、助けてくださいってか。
なかなか面白い。

​毛色は違うだけで、今でも純粋さだけはしっかり残っている。
何がきっかけになって、何で成長していくかはやってみないと分からないな。

​過去にも、「結末はどうあれ、関わった全ての人に感謝を」と書いていた。
今の自分の思想に自信を持っている。
これを形成した貴方達は、形はどうあれ僕の血肉になった。

核実験で失敗した結果産まれたゴジラのような、理知の暴を振り回せるような人になりたい。

バケモノ

自業自得が生んだ絶望を食い物にして、私は生きている。

選べる立場に生まれ落ちながら、何も知らずに選択を誤り、「私は悪くない」と叫び散らす行き場のない憎悪の顔。
環境のせいにし、他人のせいにし、必死に自己を肯定しようと焦る滑稽な顔。
最後にすべてを悟り、泣きながら命乞いをする瞬間の顔。

​どれも極上のご馳走だ。
その絶望の引き金を引いた一端が自分にあるのなら、なおのこと美味い。

​自己研鑽を惜しまなくなった理由は単純だ。
相手がこちらを見上げた時、その落差が大きいほど絶望の深度は増し、美味しさが青天井で跳ね上がるからに他ならない。

​絶望は更生の契機であり、そこには最早、純粋な親切心すら存在する。
底を打った人間が、泥水を啜って這い上がってくる姿もまた、息を呑むほどに美しいからだ。

お腹すいたなぁ。

​ねぇ、もし良ければ。
君の絶望を聴かせてくれないか。

誰かを憎む理由をこの身体に誇示して

全てを切り裂く免罪符となれ

いつか子供かいないことを寂しさを覚えて哀しむことがあるのかと考えることがある。
現時点ではそんなイメージは微塵もないのだが。
子孫を自己都合で造って、産んで、それに自分の世話を全部任せるほど私は冷たかったり無責任でありたくはない。

自分の面倒は死ぬまで自分自身で看たい。
子供が必ず自分の面倒を見てくれるという前提が愚かな発想か。
自分にそのつもりがないから。

願わくば、世の中の技術がこのまま発展して、
万が一寂しさを感じても仮想現実でそれを解消できるようになるのを期待している。
きっとそれが実現できるくらいの時代には、それで誤魔化されるほどに老いているだろう。


両親の知能から考えても、遺伝的には私は突然変異の類で。
でも突然変異でこの程度の知能だから底が知れている。
変異種が環境適応できずに淘汰されていくように、おそらく適応して生き残れないと思う。私はその辺りは運良くしぶとかったから生きているだけ。


自分より愚かな自分は要らない。
私にとっての子供とは、結局益のない賭けでしかないのだと思う。

自分欺き嘘吐くのはどんな気分だい

基本は一定の基準を設けて機械的に処理するのが手早くて効率的
あれこれ考えて対応するのは自分が勿体ない。疲れるし
人間性については、思い通りに行くのが嬉しいって感覚で事足りる。
もしそれで足りないのであれば、基準に対する例外設定を適用することで担保すればいい。

人間関係は狭くて深いに越したことはない。
不快ではないに越したことはない。
邪魔なひとは自分の世界から消しちゃおう。

勉強は最も高尚で有益で安価で進歩性のある趣味になる。
何より向上心を免罪符にできる。
関わる人は選ぶけど、知識は貪欲に吸収する。
そうやって少しずつ己を肯定していく。

これが非情と言われるのか。
ならば、思ってもいないことを謂って
理解したつもりになって
躰だけ寄り添うのが温情なのか。
温情を求めるのも提供するのも嘘つきの証か。

嘘でもいいから慰めが欲しいのなら
人間レンタルサービスでも使えばいい

お前の欲しいものは渡せないから
時間が勿体ないから何もしないってだけ
皆が得するWin-Winだよ
私は優しいよね。

同情に責任を負えないなら無情
同情するくらいなら解決策を提示してくれ、金をくれ
なんて昔のドラマ

生まれた場所は選べずとも

生きる場所は選ばせてくれ

生存者バイアスだよって言われるけど、何が悪い。変化に適応して生き残ったものが正義だ、人類はそうやって繁栄してきた。

せめて、志半ばで生き残れなかった好きな人達に花を手向けながら、私は生き残って世界を恨み、蔑み続ける。

形は違えど、どの時代も辛いことはある。多分それが少し多めの時代を生きてきた。だから、「自分未満の全てを甘え」と言ってやる。

今の子が、「環境の被害者だ」とか言われるが、いつの時代も同じで、それが聞こえやすい世の中になっただけ。

異端を叫ぶ愚か者の声はいつも大きく聞こえる。

まぁ親が馬鹿な独裁者だったりするとしんどいのはわかるけどね。

いずれにせよ騒々しい甘ちゃんだ、あんたは何重苦を背負ってきたんだい?

僕は生き残れたから反撃の時間、好きに生きるよ。運が良かっただけって嘲笑うのかもしれないけど、運の良さを掴めるかどうかは努力次第って言うし。そもそも本当に運が良かっただけなら、こんな苦労はしていないだろう。

死にたがりの昔を思い出す。

解ったのは、好きなように愉しく生き続けることが、嘗て憎んだ全てへの復讐なのだと。

よもやこんな人間が長生きできるなんて思わなかったでしょう?

ざまぁみろ

俺は生き残ったぞ

憎まれっ子なので

世に憚ってやるつもり

就業証明書

学生の頃、予定を埋めていつも忙しそうにしている友人がいた。遊ぶ予定を立てようとすると最短でも1ヶ月後になるくらいには、彼の予定は埋まっていた。
ある時、興味本位から「何故そんなに予定が埋まっているのか」を聞くと、本当に些細な予定が毎日細切れになって入っていただけだった。
それが本当だったのか、問い詰めてくる私を面倒に感じて言った出まかせなのかはわからないが、『非効率だな』とだけ思った。

実際、彼の挙げた1週間の予定は私なら1日あれば全部解決できるような内容であった。
1時間も掛からないような予定を単発で入れて1日を埋める。予定のない日ができると死が訪れるようなデスゲームをしているようにも見えた。


私はこれまでの人生における不運から目を背けるために、オンラインゲームを趣味にしていた。
実際、あと10年ほど生きても未だに、「人生の半分はオンラインゲームをしている」と言えるくらいには。
ずっとこういう日々が続くのだろうとぼんやり考えていたのだが、転職による環境変化によりこの見立てが崩れつつある。自分の市場価値を知ったのがきっかけだ。
転職時に提示された年収を見て、どうやら私はリーマンショックの影響で安く買い叩かれた側の人間だったとようやく自覚できた。

所謂拝金主義の人間に市場価値がついて回ると行動原理は非常に単純になる。公私問わず、コミュニティが自身にとって財産につながるか否かだけである。
結果、オンラインゲームのコミュニティについては年内に折り合いを付けてフェードアウトする。全クリした(飽きた)のと、シンプルに時間がないからだ。

正直に言うと、こんな底辺が集まって傷の舐め合いだけをしているコミュニティに投下する時間はない。 勿体ないという、自身の価値を認知したからだ。


細切れの予定で日々を埋めるのも、廃人間際まで1つのゲームで日々を埋めるのも、「暇や人生からの逃避」が目的という点では同類だった。
あの日、予定のない日を恐れる友人を内心で嘲った私は、自分の立っている泥沼すら見えていない裸の王様だったと思う。

過去の滑稽な自分を十分に嗤い、省みたうえで、次へ進もうと思う。