こんな話は、誰にだって良くあると

わかっているよ、それくらい

そう、そんな私は間違いなく悪魔です

自分の楽しみの為に人で遊ぶことに

何の抵抗も覚えません

何かを引き起こしても

第三者の立場で

何食わぬ表情で

そこにいる自分が見えます

ただ、いつも悪魔でいると

煙たがられて行動しにくいのが本音なので

天使の仮面を被って生きています

いつでも剥げますが

今はまだ、天使の仮面が使える時期なので

そっちは隠していますが

必要な時は剥いで

悪魔として動きますよ

天国から差し伸べられた手も

もう突き放そう

掴んだところで、血で滑って離してしまうから

悪いね、その手を汚してしまわぬうちに

引いてくれると嬉しいです

そう、こんな話は誰にだって良くあることです。

Rescue me

いつもそう言って

こんな歌、口ずさんでいた

「何やっても、止めないでください」

「あんまり考え込むなよ」

・・・

「冗談っ」

何考えてるんだか

自分に言い聞かせて

また歩き出す

邪魔なものは、壊せばいい

蝙蝠の如く

中立を維持する振りをして

適当なところで片方に着く

そんなことできねぇよ

両方から潰される

童話でも書かれている程有名なのに

これをやって痛い目を見る人間はまだまだ多い

モノは相談なんだが

『楽しく人格破壊できる方法ってあるかな?
いや、人格破壊が楽しいってことは判っているけど、何かこう、スッキリするようなやつ。』

友人の1人に、こんなメールを送った。

いや、友人と言うよりは、悪友と言うべきか

兎に角、俺の知り合いの一人に、このメールを送った。

一般的な感性と常識を備えた人間なら

「大丈夫か?」とか「何するつもり?」と言った

怪訝な目で俺を見るような内容を返してくるだろうが

奴は違う。

数分後、奴からの返事はこうだった

『相手の情報を詳しく教えろ』

普通に見れば、このメールを送った俺を含め、こいつは気が狂っている

そう思うだろう。

しかし、俺はこの返事を予測していた

この返事を期待して、こいつにメールを送った。

――――――――――――

もう2年も前だろうか

奴と俺は出会い、所謂友人関係になった。

しかし、些細な意見の食い違いから、険悪な関係になった。

それは周りを巻き込むほどの大規模な物になり

俺も後には退けなくなった

奴は裏で立ち回り、瞬時に俺を四面楚歌の状況に追い込んだ。

所謂、虐めがそこで発生した

俺はそこで、初めて死のうとした。

俺は、負けた。

ほんの1ヶ月くらいだろうか、僅かそれくらいの間に、俺は底に叩きつけられた。

その後奴とは、時間という治癒薬により無事元の関係を取り戻した。

だが俺は、そいつの手腕にどこか憧れを抱いていたかもしれない。

それ以来、『仕事』をするとき、奴に頼ることが多い

――――――――――

ともかく、そんな関係の奴だから俺は奴の返事を当然判っていた。

状況を説明する。

帰ってくる的確なアドバイスと作戦

奴との相談を繰り返す。

作戦が、完成した。

こうやって、また一人崩れていく。

今までもそうやってきた。

多分、これからも。

嘗て俺の精神を崩壊させ

さらに今の俺を構成する要素の殆どの元凶である

奴が

不思議なことに友人だ。

だが、嫌ではない

奴が偶に言う鳥肌の立つような冗談や

俺に教えてくれた刃物の知識も

俺には、良い薬だ

別れた女からのプレゼントをどうするかって?
程よく壊して梱包した後に送り返す。勿論着払いで。
怪我する物とかなら理想的じゃね?陶器とか
仮に向こうから文句が飛んできても「配達事故でしょ、何言ってるの」と返せば何の問題もない。
どうよ、最高じゃね?

楽しそうな顔で、歯を見せケタケタ笑いながらこんな事を話す。

確信を持ったその顔は、既に奴がそれを実証済だったからだった。

久しぶりに短編的な物を書いてみました。
フィクションって訳でもありませんが
完全ノンフィクションというわけでもないです

過去の事実を基にして書いたものなので
セミフィクションあたりに置いといてもらえれば

乾かぬまま、白いシャツは

風に揺られ飛ぼうとする

何かを壊そうとすることは

何かを作ることに等しい

まるでキャンバスに絵の具を叩きつけて

絵を描くような感覚だ

対象とする人、それがキャンバスとする

何色かはしらねぇ、その人間による

そこに苦しみと言う名の絵の具を、次々と加えていく

1つの完成を作る為に

俺は絵描きで

絵の具はいくらでもある

苦しめ方はいくらでも知っている

完成したその時

キャンバスは作品となり

キャンバスとしての機能を失い、動かなくなる

そこには俺が目指した1つの作品が、在り続ける

破壊は、芸術だ。

破壊は、美しい

蝶のタトゥー

何処までも飛んで行け

ある物象、事象の存在や必要性をたやすく否定する人間には

視野が狭い人間が多い。

物事を多角的に捉えることができない

狭窄な視野しか持ち合わせておらず

自分の趣向のままに否定を開始する。

必要ない物なんて、実はないかもしれない

結局は個人の価値観の拠所になってしまう。

その存在を否定するのは

単に自分が必要ないか

邪魔と思っているだけだろう。

単なる欲望でしかあらず、エゴの一種だ。

そんな人間と思われるのは確かに嫌だが

それを自覚していない人間を見ているのは

大変に楽しい。

流れを読まずに物を言う人間はよく居るが

流れを掴んでいると勘違いをして

的外れなことばかり言う人間がいる

自意識過剰

今までそんな調子で生きてきたのかと思うと

笑みが零れる。

勿論、放置に限る。

今まで様々な人間に出会ったが

こういった輩を敵に回すと、非常に楽しい。

自分の手で身体を1つ1つ捻り切っていくような

そんな気分で壊していける。

弁論に弱い人間が殆どだから

屁理屈で逃げる莫迦もいるが。

人生は悪くねぇ

良くもねぇけど

悲しいわけじゃない

嬉しいわけでもない

中途半端な感情だけがある

孤独が好きで

音だけの世界が好きで

目を

潰そうかと思うこともある

ショーケースの中から外の喧騒を見るような

自分の為だけに作られた自分の為だけの音がある世界で

外の雑踏を恨めしく思うことはない

俺には、音楽があればいい

今日はそう思えた

一瞬かもしれないけど

それでいい

赤い血は

僕に似合うでしょうか?

僕の手は真っ赤です

そしてこの手で

いつも全身を触っているから

僕は血まみれです

誰の血かはわからないけど

僕の血は黒いから

僕じゃない

誰かの血を僕は浴びて

それがまるで自分の血であるかように

振る舞い

いきている

改めて聞こう

赤い血は僕に似合うでしょうか?