蛇籠

幸せそうに眠る蜷局は起きて
面倒臭そうに口から汚れた紙を吐き出した
それから眼を開いて
からころと筆と墨を一つずつ

可能な範囲で塗り変えるだけだよ
此の筆や此の墨程度じゃ
記憶を消すことはできないからね
だから、あくまでも可能な範囲
あとは記録して、繋ぐための準備も一応ね

かつて見たような
怒りに操られるような不安も見えず
不要な部分だけを何度も
着実に塗りつぶしていく

ふと顔を上げて言う

せっかくだから
その面倒事も
こっちで記録しようか

返答の選択肢のない質問

厄介だよって説明するのに被せるように

僕を舐めているのか?

したり顔

くすんだ桃色の塊を書き下していく

やっぱり、随分汚いね
でも、愉しめそうだし
役立ちそうだ

単純な雑魚すぎるから
逆に厄介なのだろう
必要以上の思考は不要
扱う言葉に振り回されているような輩に
必要以上の言葉は不要

端的に確実に
云いたいことだけを選んで
単純な言葉にしてしまえばいい

とりあえず
此は預かっておくよ

それにしても
猿と言い豚と言い
獣は言葉が通じないから
確かに嫌になるね

愉しそうに苦笑いを浮かべて
紙切れを再び飲み込んだ

540日前

さいきんはほんとうに

穏やかに眠れるようになりました

思い出すのは
眠れなかったあの頃

午前4時まで浴びるように
飲み続けて
疲れて眠り
6時に起きて片づけをして
解散して
家に帰る

あの頃の家の存在は
何だったのだろうと
唯の寝床と言えども
眠れないままに
休まる場所?なんて
冗談も大概に

揺らぐような眠気に
身を任せられる今が

どうしたって
あの頃あって
研ぎ澄まされたものは
もう戻らないのだろうけど
そうやって生きたかったわけじゃなく
痛い苦しい憎いなんて
ほんとうは持ちたくなかった

うん
ずっと、好いんだよ

夏の暑い日に、君が笑うよ

紫陽花の花

余計な思い出が
脳裏を掠めた

暗いものを選ぶことは
格好いいとか
そうしないと人を寄せ付けられないとか

苛立ちに包まれて眠った
幸いな朝で何より

それでもあの家畜は
あの年まで屠殺もされず
もう食べる肉もないだろうから

あとはやっぱり
産廃処理場行きか

自己利益の追求のために
積み上げる言い訳なんかで
僕を殺せる なんてね

曖昧な覚悟ばかりだったよ
大概な程度にしてくれよ
大体の理解だけだったよ

日本語が通じない
日本人気取りの獣

思い通りの印象を
正確に与えるのだ

ひとつだけ

大嫌いな弱い僕を
ずっと前に此処で置き去りにしたんだ

差し出された手は
僕の知っているそれよりも
ずっと皺だらけで弱々しくて

そのまま握り返す手も
僕の記憶のそれよりは
ずっと温度が低かった

吃驚して
それ以上に覚悟する
喪失への可能性

それでも
虚ろな瞳に宿るには
眼前の人の成功のみ

此の人は過去を
僕の生い立ちを
知っているから

もしかしたら
何となくでもわかるのかも

記憶力を失った脳でも
光を失った瞳でも

生きなきゃならない
なんて意志は
いつか重圧に化けて
降ってくるかもしれないのだけど

それが重くのし掛かるほどには
一生懸命になってもいいかって

いままでのぶんも ね

君は君で居られなくなる

その前にサイレンを

うずくまった彼に近づいて
そっと声をかける

保管場所は見つかった?

すっと尻尾が伸びてきて
触れようとする僕の手を払う

そもそも僕がどの場所を持っているのか
それから始まるのだ
置き場なんてそこさえ解れば問題ない

揺るぎない寂寥感の部屋だけが大量に
後は殺したものを閉じ込める牢獄
信頼を置くものは少なく
その為の部屋は僅かに一つ

あの時、どうしていたのか忘れた
不器用とはいえ、どうしてあれだけ
関わることができていたのか

それでも
諦めの顔はそこにはなく
久しく見る苦悶の表情

その存在の在り方の
固定概念化が過剰だよ
そんなに堅苦しくすることはない

言えば、苦笑いでそれっきり

やはり、邪魔をしている
こんな思考、彼には到底間に合っているから

瞬間、射ぬかれるような殺意の視線
くすみ濁った黒の底から
刃こぼれした剣が鈍く光るように

見つけた

右腕に噛みつく蛇に構わず
蜷局の中に潜り込んだ

断層

最新で最悪の
タイムマシンか

思考を吐き出せない
廻ってばかりで
言葉に起こせないまま
ぐるぐると入れ替わる

あぁ、今なのか
くたばってしまえよ
黒に潜り込む序で
此処で墜とす

僕だって
もう少しなんだ

底に泣いている子供が見える
あの虚像を抱き締めて
その背骨を折ることもしないと

総てが僕の番か
受けた分を返す
余計な文字は消えろ

ダスト・イノセンス

特に何もしなくても
堕落して自滅していくのが
最近はよくわかってきたから

自身のことに意識をもっと向けて
己を労らないと なんて

無駄な余裕を捨てる
ということが何となく理解できる
吹き込むすきま風を読んで
先に行くと言うこと

介入してくる余分は省いて
まだ、まだ足りない
僕のしらない僕がまだあるから

深層へと潜水
黄色い視界を再び起こすか

つまらない人を構って遊んでも
ただ面白いだけで
何も紛れないな

それにさいきんは
こわれるの
はえーし

さ、拾い集めたら
潜ろうか

COOL J

赤い眼をした君は
笑いながら見てる

別に意味もなく
苦しんできた訳じゃない

苦痛を味わい続けること
それによる堕落にも似た安寧
井戸の底から上を見上げるような
狭く暗い場所での慟哭と眠り

そう
鋭く見えたあの言葉達は
己自身の命を擦り減らして
紡がれ続けた血溜まりのようで

好む人が幾ら居ようとも
此を使い続けたくはなかった

だからこそ此処は
最低限の繋がりしか必要としないままで
いつだって消えることができるように
そっと本心を突き刺す場所だった

そうして完成したのは
モノクロに彩れた無機質な世界で
読み返すと痛くて痛くて
自分というものがよく判った

今では
つまらない人になった
なんて思ってくれても構わない

実際そうかもしれないけど
狂人のように振る舞って
生きようとしなくとも
多分僕は既に十分にどうかしているから

僕の求める僕のやりたい儘に
しなやかさを手に入れて
生きたかったから、ずっと

それと
疲れるだけのことで
憑かれたくはないから